セーラー服は福岡が発祥の地?福岡説と京都説はどっち?

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セーラー服と聞くと、昔懐かしの80年代をご存知の方だと…

「セーラー服と機関銃」「セーラー服を脱がさないで」「スケバン刑事」などなど…

80年代のアイドル=セーラー服といったイメージが強いのではないでしょうか?

このセーラー服ですが、実は福岡が発祥の地だということを皆さんはご存知でしたか?

いまや女学生の定番となったこのセーラー服ですが、日本中に広まるきっかけとなったのが福岡なのです。

日本のセーラー服は日本独自のデザインなんですよ!

現在、福岡市内にある福岡女学院の前進校である「福岡女学校」が1921年にセーラー服を制服として採用しました。

当時の生徒の服装は制服ではなく、着物や袴でした。しかし授業や運動などは着物や袴では動きにくく学生の服装としては不評なものでした。

そこで米国人のエリザベス・リー校長が欧米で広まりつつあったセーラー服の採用を決めました。

エリザベス・リー校長は動きやすい制服を目指して、日本オリジナルのセーラー服を考案し何度も試着をかさねて制服を完成させました。

胸にリボンのついたハイカラデザインは瞬く間に全国に広まり、全国の女学校から問い合わせが殺到したとのことなんです。

こうしてセーラー服は女学生の定番となっていくのでした。

そして福岡がセーラー服発祥の地となりました。

…と思っていたのですが!

なんとなんと!

10年ほど前にある学制服メーカーが全国調査したところ、福岡女学院よりも1年早くセーラー服を制服として採用した学校があるとの調査結果が出たのでした。
それが京都の平安女学院だそうで、1920年に欧米で広まっていた、マリーンルック調の制服である「ピータートンプスン」を平安女学院は制服として採用したそうなんです。

といううことは、福岡はセーラー服の発祥の地ではないのでしょうか?

じつは欧米の「ピータートンプスン」という制服はワンピース型のセーラー服なので、現在の日本で主流のセパレート型のセーラー服とは違ったそうです。

それに加えて、福岡女学院のセーラー服は全国の女学校から問い合わせがあったこともあり、これこそがまさにセーラー服発祥の地ではないかということで良いのではないでしょうか?
京都の平安女学院が1年早くセーラー服を採用していたことは事実ですので、京都は「元祖セーラー服の地」ということではいかがでしょうか!

それにしても、うどんやもつ鍋など、福岡発祥はたくさんありますね!

それとも福岡愛、満載の地元民が多いということなのでしょうか(笑)

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